前十字靭帯損傷の治療

はじめに

膝関節は人体で最も大きな関節のうちの一つであり、常に強い力学的負荷に曝されています。また、他の関節と比較すると不安定な構造をしているため、靭帯や半月板などの組織の力学的安定性が重要となります。

図①: 膝、股関節、足関節の構造
図①: 膝、股関節、足関節の構造
図②: 膝関節の解剖『ネッター解剖学アトラス」
図②: 膝関節の解剖『ネッター解剖学アトラス」

前十字靭帯とは?

大腿骨の外側から脛骨の内側へ付着している靭帯です。

主な働き

  • 脛骨が前に行き過ぎないように防ぐ(前方引き出しのコントロール: 図③(
  • 膝の回旋(ねじれ)のコントロール: 図④
図③: ACLによる前方安定性
図③: ACLによる前方安定性
図④:回旋安定性
図④: 回旋安定性

受傷機転は?

ポーツ中に発症することが多く、非接触型(ジャンプの着地や踏み込みなど)、接触型(タックルを受けた時、強制的に膝が内側に入った時)の2パターンがあります(図5.6)。
膝が内側に入った姿勢(Knee-in)が危険です。非接触型が多く、70%程度を占めます。(*1)

図⑤: 非接触型損傷(*2)
図⑤: 非接触型損傷(*2)
図⑥: 接触型損傷(*3)
図⑥: 接触型損傷(*3)

受傷するとどのような悪影響があるのか?

  • 急性期(〜1ヶ):膝の痛みや腫脹(血腫)、痛み
    • 徐々に自然軽快し日常生活は可能となるが、膝の不安定性は残存
  • 慢性期:「膝が抜ける」、「膝がはずれる」などの不安定感、関節内組織のダメージ
    • スポーツレベルの低下、半月板・軟骨損傷、変形の進行

前十字靭帯損傷を保存的に経過観察した場合

  • 短期的には(数ヶ月〜数年):半月板損傷・軟骨損傷の合併、スポーツ活動レベルの低下、日常生活動作における不安定感など(*4.5)
  • 長期的には(数年〜):上記症状に加えて、変形性関節症の進行 (*6)

診断

医師による徒手検査やMRI、レントゲンなどの画像検査で診断します。
(MRIは前十字靭帯だけでなく、半月板・軟骨・骨損傷の状況も評価できるので有用です。)

治療

保存治療(手術を行わない)の場合、上記の通りスポーツレベルの低下や半月板・軟骨損傷、将来的な膝の変形の進行が起こるため、手術が推奨されています(特に活動性の高い方、若い方)。

手術では断裂した前十字靭帯を縫い合わせることはできないため、自分の体の一部の靭帯を採取して靭帯を作り直す方法(前十字靭帯再建術)が一般的です。

前十字靭帯再建術とは?

膝周囲の腱や靭帯を採取し、再建靭帯を作成する手術です。
膝の不安定性を治す(安定性をもたらす)ことで、以下のような機能向上を目的とします。

  • スポーツ復帰
  • 日常生活動作の改善
  • 半月板・軟骨損傷・(将来的な)変形の予防

実際の手術方法

  1. 全身麻酔
  2. 関節鏡で関節内(靭帯、半月板、軟骨)の評価を行う
  3. 半月板損傷や軟骨損傷があれば、縫合または切除術を行います
  4. 膝蓋靭帯またはハムストリングの一部を採取
  5. 採取した靭帯を束ねて、再建靭帯を作成
  6. 専用のガイドを利用して靭帯本来の解剖学的付着部の適切な位置に骨孔を作成
  7. 作成した骨孔に靭帯を移植し、固定する
⑦: 手術方法
⑦: 手術方法

採取する靭帯、術式の選択

半腱様筋腱・薄筋腱(ハムストリング)、または膝蓋腱を使用して再建靭帯を作成します。両者ともに長所・短所があり、スポーツレベルや年齢・性別などで選択します。(*7.8)

合併症

  • 感染:稀(0.5%程度)ですが、術前・術後に抗菌薬投与を行なうことにより感染を予防します。 発症した場合には痛み・腫脹・発赤などが出現します。診断でき次第、早期に抗菌薬投与と関節内の洗浄を行う必要があります。(*9,10)
  • 深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症:一般的に手術を行う場合、足を動かさない時間が長くなることや、手術により血液が固まりやすくなることが原因でふくらはぎの静脈に血の塊(血栓)ができることがあります (*11) 。血栓が血流に乗って肺に移動すると肺の動脈が閉塞する(肺塞栓症)となり、時に命に関わることもあります。予防が重要で、「早期離床と積極的運動」「フットポンプ」「弾性ストッキング」などを使用して予防しています。
  • 知覚鈍麻:靭帯・腱の採取部位の創部の外側で知覚が鈍いところができることがあります。これは皮膚表面の細い知覚神経(伏在神経)の損傷によるものですが、下肢の動きが損なわれることはありません。(*12)
  • 関節拘縮:術後1年で殆どの方が正常な関節可動域を獲得できますが、術前の関節損傷の程度やリハビリテーションの進行具合により軽度の曲げ伸ばしの制限が残存することがあります。
  • 再断裂:リハビリテーションでは再建靭帯の治癒過程を十分に考慮して作成されており、通常のリハビリテーションメニューを行う場合に問題を生じることは稀です。リハビリテーションのスケジュールを逸脱し、再建靭帯の強度を超える力が加わった場合に再断裂のリスクが高くなります。また、リハビリテーションで十分な筋力や柔軟性が獲得できない場合にも再断裂リスクが上がります。(*13,14)

入院期間

2週間程度の入院となることが一般的ですが、経過や患者さんの状況により前後します。
退院の目安としては以下のような項目をクリアする必要があります。

  • 創部(傷)が癒合している
  • 太ももに力が入る、膝の伸ばしが可能
  • 松葉杖で日常生活が問題なくできる

リハビリテーション

前十字靭帯再建術では術前・術後のリハビリテーションが非常に重要です。
診断でき次第、術前よりリハビリテーションを開始します。

術後もリハビリを継続し、退院後も少なくとも半年間は継続して通院してもらっています。
経過で問題なければ術後3ヶ月でジョギング、6ヶ月でダッシュ、8~12ヶ月での競技復帰を目標としています。(*15,16)

終わりに

以上、当院で行っている前十字靭帯損傷の治療についてご説明しました。
前十字靭帯だけでなく、膝の症状でお困りの方はいつでもご相談ください。

文責 : 整形外科 医長 栗原 信吾
  • 日本整形外科学会 専門医
  • 日本整形外科学会 所属
  • 日本関節鏡・膝・スポーツ整形外科学会(JOSKAS) 所属
  • 日本骨折治療学会 所属
  • 日本人工関節学会 所属
  • 専門 : 膝・股関節

  • 前橋市出身(1989年生まれ)
  • 2007年 県立前橋高校卒業
  • 2013年 山形大学医学部医学科卒業
  • 2013年- 沖縄中部徳洲会病院勤務(初期臨床研修)
  • 2015年- 群馬大学医学部付属病院、公立藤岡総合病院
  • サンピエール病院、善衆会病院勤務
  • 2020年4月- 堀江病院

<参考>
(*1) Salem HS et al : Contact Versus Noncontact Anterior Cruciate Ligament Injuries: Is Mechanism of Injury Predictive of Concomitant Knee Pathology? : Arthroscoopy 2018
(*2) https://www.physioactivesa.com.au/ready-return-sport-acl-reconstruction/
(*3) https://english.kyodonews.net/news/2019/09/a78dd2f509d1-rugby-scotland-look-to-capitalize-on-struggling-samoa-for-1st-win.html
(*4) Dunn KL et al : Early Operative Versus Delayed or Nonoperative Treatment of Anterior Cruciate Ligament Injuries in Pediatric Patients. Journal of Athletic Training 2016
(*5) Muadi QI et al : Prognosis of conservatively managed anterior cruciate ligament injury: a systematic review. Sports Med. 2007
(*6) Harris KP et al : Tibiofemoral Osteoarthritis After Surgical or Nonsurgical Treatment of Anterior Cruciate Ligament Rupture: A Systematic Review. Journal of Athletic Training 2017
(*7) Xie X, et al : A meta-analysis of bone-patellar tendon-bone autograft versus four-strand hamstring tendon autograft for anterior cruciate ligament reconstruction ; Knee 2015; 22:100
(*8) Rahr-Wagner L, et al : Comparison of Hamstring Tendon and Patellar Tendon Grafts in Anterior Cruciate Ligament Reconstruction in a Nationwide Population-Based Cohort Study ; Am J Sports Med 2014; 42 :278
(*9) Mishra P et al : Incidence, management and outcome assessment of post operative infection following single bundle and double bundle acl reconstruction : Journal if Clinical Orthopaedics and Trauma 2016
(*10) HamidrezaYazdi et al : The Effect of Gentamycin in the Irrigating Solution to Prevent Joint Infection after Anterior Cruciate Ligament (ACL) Reconstruction : Bone and Joint Surgery 2018
(*11) Mulder MCS et al : Deep vein thrombosis after arthroscopic anterior cruciate ligament reconstruction: a prospective cohort study of 100 patients : Arthroscopy 2013
(*12) Mousavi H et al : Injury to the Infrapatellar Branch of the Saphenous Nerve during ACL Reconstruction with Hamstring Tendon Autograft: A Comparison between Oblique and Vertical Incisions
(*13) Hofbauer M, et al : Hamstring tendon autografts do not show complete graft maturity 6 months postoperatively after anterior cruciate ligament reconstruction; Knee Surgery, Sports Traumatology, Arthroscopy (2019) 27:130–136
(*14) Rahr-Wagner L, et al : Comparison of Hamstring Tendon and Patellar Tendon Grafts in Anterior Cruciate Ligament Reconstruction in a Nationwide Population-Based Cohort Study ; Am J Sports Med 2014; 42 :278
(*15) Wright RW, et al ; ACL Reconstruction Rehabilitation: A Systematic Review Part I : J Knee Surg. 2008 July ; 21(3): 217–224.
(*16) Zdunski S, et al: Evaluation of the Effectiveness of Preoperative Physiotherapy Using the Lysholm-Gillquist Scale in Patients Qualified for Surgical Arthroscopic Anterior Cruciate Ligament Reconstruction - Pilot Study ; Ortop Traumatol Rehabil 2015; 17: 249.